皆さんこんにちは。いつもお世話になっております。9月から介護職員として入社したジュウジュウナイと申します。出身はミャンマーで皆さんも私の国を知っていると思います。
日本に来て2年間経ったけれど、まだまだ学ぶことがたくさんあります。入社してから皆さんに優しく色々なことを教えていただきました。転職する前にどんな人に会えるかどうかを心配していましたが、皆さんの優しさと入居者様の笑顔を見てほっとしました。今後とも皆さんと一緒に頑張って行きたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
2026年01月06日 | とちの実
皆さんこんにちは。いつもお世話になっております。9月から介護職員として入社したジュウジュウナイと申します。出身はミャンマーで皆さんも私の国を知っていると思います。
日本に来て2年間経ったけれど、まだまだ学ぶことがたくさんあります。入社してから皆さんに優しく色々なことを教えていただきました。転職する前にどんな人に会えるかどうかを心配していましたが、皆さんの優しさと入居者様の笑顔を見てほっとしました。今後とも皆さんと一緒に頑張って行きたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
2025年12月17日 | とちの実
酷暑の夏が過ぎ、気がつけば夜間には澄んだ空気に秋の月と星々が目に映ります。入居者様も夏から冬への装いへと変化しております。私は「とちの実」に勤務をはじめてから半年のパートタイマーです。
就労を開始してから今までの期間は「問い」ばかりが浮かび上がっています(そして、それは今も続いております)。
その「問い」の一例としてですが、約2か月前にSさんが入居いたしました。Sさんは自分が「とちの実」に居る経緯や理由を質問されます。自分がここに居る理由を明確化できない不安があり、その不安に対する質問だと思います。その質問に対して言葉を介したコミュニケーションだけでなく、視線や表情を介したコミュニケーションを介すると不安が和らぐように感じられます(しかし、これはあくまでも主観であり実質的に不安が和らいでいるのかは不明です)。そこで言葉だけでない包括的なコミュニケーションを模索してみたりします。しかし包括的なコミュニケーションとはいえ、それはSさんにとっては事象への対処の断片的なものでしかないのかもしれません。それでもその断片的なものが繋がっていくことにより何かを形作っていくとしたら、その形作られたものが日々の暮らし(生活)になっていくのかもしれないと思ったりします。
またSさんに限らずに、入居者様の断片的な言葉や仕草から認知症に伴った認識や不安をどのように受容しようか考えます。すると「受容ってなんだろう」という問いが同時にたちあらわれます。受容とは字義通りにうけとれば、受け・容れるということです。その受け容れるということは受動的な行為だと思います。そこでグループホームの職員としての役割が自立支援に伴うものであるのならば、自立支援とは受動的な行為なのかなと考えたりします。
就労が終わり帰路の車中ではこのような考えが、浮かんでは消え浮かんでは消えてを繰り返します。
もし「問い」が入居者様との関係性を構築しようとすることから生まれるのであれば、「問い」は日々の暮らしの中で次々と浮かび上がっていくものかもしれません。それでも問い続けることを少しだけ楽しく感じています。
2025年11月15日 | とちの実
暑かったり涼しかったりと、難しい気温が続いております。
そんな中、とちの実に新たな入居者様がいらっしゃいました。新しく来られた多くの方に共通しているのが「今いる場所がどこなのかわからない」「なぜ自分はここにいるのか」などです。
職員としてはそういった不安を取り除くのが重要なのですが、これが難しい。
まぁ普通に考えて、知らない人がいくら耳障りのいい言葉を並べたって誰が信じるんだという話ではあります。これに関しては未だに正解がわかりません。
わからないなりに自身や入居者と向き合っていくしかないというのが正直な現状です。信頼関係のようなものがある程度蓄積されれば、相手方も今よりは安心して話を聞き入れてくれるだろう。と思いながら日々精進です。
2025年10月14日 | とちの実
グループホームの役割として、入居者さんと地域の交流というものがあります。近所のお店で買い物をするというものですが、もう一つはご近所の方との交流も含まれます。
ご近所の方が毎年、7月ごろになるときゅうりとミニトマトの苗を施設の花壇に植えてくださります。最初は小さな苗ですが、柵を設置するとすぐにすくすくと育ち、実を付けるようになりました。大きくなってくると入居者さんに実を取ってもらっています。
収穫出来るほど大きなっているものもあれば、収穫するには小さいものもあり、収穫しないでいると、今年の異常気象のせいかすぐに大きくなってしまい50cm以上に育ってしまうものもありました。それを居間で過ごされていた入居者さんに見てもらうと「いやー。凄いね。」と笑顔が見られ、8月はきゅうりを使ったメニューが食卓に並んでいました。
大きくなるきゅうりが他のご近所さんにも有名なっていたのか、ある日の退勤時に小さな男の子2人と散歩中の親子がおり、男の子たちが「大きくなっているのないよー。」と会話していました。親御さんから大きいきゅうりがあるのを度々見ていたと教えてくださりました。思わぬ形で地域とのつながりを実感する出来事となりました。
2025年09月11日 | とちの実
我が家にはいろんなトーンで「ミャーミャー」といって、どうしてほしいか訴えてくる
小さな家族がいます。ご飯が欲しい時、遊んでほしい時、トイレをする前など結果これらを望んでいたんだと分かるものもあれば、やたらと鳴き続けて何かを言おうとしているの?と理解できないことがあります。仕事に行く身支度中だったりすると「お留守番は嫌だ」と言って引き止めているのか?とも思うのですが実際のところ人間の言葉ではないのでわからないです。訴えを解消してあげられなくて申し訳なくおもいます。
こんな時、入居者さんのことがふっと頭をよぎります。最近は、自発的に発言される方が少なくなりました。目をあわせて軽く頷きながら私の顔をじっと見つめるAさん。話しかけると「クックック」と笑ってばかりのBさん。声掛けとは全く違う話を一生懸命するCさん。発言はお達者なDさんも同じ言葉をなんども繰り返しをされています。
これらは認知症の特徴的な症状と思い込んでしまいがちですが、やはり自分のことを
わかってもらいたいためにそれぞれ表現されていることなのだから理解しなくてはと
思っています。
ただ、入居者さんも家の猫も、私に分かる言葉で言ってくれたらいいのにと叶わない願いを唱えてしまいます。
過去に、入居者さんと気持ちが繋がった感じた出来事もあり嬉しくなったこともありました。
しかし、ほんとうに望んでいるニーズに対応することはとても難しく、何年経ってもうまく対応できなくて情けないです。もしかしたら自分の気持ちを上手くつたえられないからかもしれません。改めてよくアセスメントさせてもらい自分の表現力を向上しないといけないと思っています。
2025年08月15日 | とちの実
2025年07月15日 | とちの実
前回の自分が担当した時にプラン目標について記事にさせていただきましたが、今回その続きではないのですが、プランの実施編とさせていていただこうと思います。
詳細項目のプランを立てる際は入居者さんの既往歴や身体状況などを鑑みて、医療的支援の必要性や、周辺症状や中核症状があるかどうか、どういった状況、状態でそういったことが見られるのかを見てプランに落とし込んでいきますが、それのみだと生活をされている中でメリハリが無いので家政作業やご本人にとっての楽しみなどプランを立てる事もあります。
例えると以前の生活されている時の趣味がなんだったのかをご本人に聞いたり、時にはご家族から聞いたりします。運動が好きな方だった場合は散歩のプランを取り入れたりして実施していくという感じになるのですが、その情報が若い時の趣味だったりすると散歩にお誘いしても乗り気になられず、断られ続ける事など結構『あるある』な話だったりします。
ただこの場合であった時でも現状のご本人に合わなかったという情報が手に入ったことになるので、また別の事が無いかあの手この手で探すのですが、なかなか見つからず、色々と試しては違うな、を繰り返す感じになります。
ただ他の職員が試した時に楽しんで散歩に行っていたと聞いたりすると、めげずにもう一回チャレンジしてみて、笑顔など見られた時はやって良かったなと思えます。
この仕事の難しいところですが、やりがいでもあります。
2025年05月07日 | とちの実
2025年 桜が開花するまでは厳しい寒さがありました。
3月中旬の朝、気温が一気に下がり、大粒の白い塊が降りつづきあっと言う間に地面は真っ白くなりました。
居室から居間に来られたAさんに、「Aさん、ここに来てください」と吐出口の窓際に手招きました。Aさんは普段から発語が少い方です。何を呼んでいるの?何なの?という表情で近づいてこられました。窓の外を指さして「ほら、雪」と言うと、一瞬驚いた表情から、(うわぁ雪だ)と言うように顔がほころび「凄いね」と言いながらほほえんでいました。
しばらく落ちる雪をながめていたので、雪景色をバックに記念撮影、とても素敵な写真が撮れました。
無事に咲いた桜も葉桜となり、次の出番は私達だというように、たんぽぽ、ツツジ、ハナミズキなどあちらこちらで、色とりどりの花が咲いていつもの道もキラキラとしてきました。 ある日の夕食、餃子が食卓にならびました。
私は、とちの実で餃子が献立にでると思い出す入居者様がいるのですが、そのエピソードを食後の余暇に話 題にした時のことです。
「私がここに来て間もない時、ある方のお皿にある餃子が物凄いスピードで減っていくので、〇〇さんは凄く餃子が好きなんだなと思っていたら、それらの餃子は全部床に落ちていたんです」と言った後、私の正面で静かに新聞を見ていたBさんが、「ハハハ」と声にだして笑い出したのです。そして「そりゃ、可愛そうね、ふふふ」といつも見たことが無いような楽しそうな顔で笑っていたのです。
その頃、私は新米で、餃子が食べられなかった入居者さんのことを支援することができなくて申し訳なかったと思っていたのですが、今は、このことで笑ってくれる方がいて、ちょっと救われた気持ちになりました。
些細なことでも、こんなに素敵な微笑みをされる皆さんです。
せっかく過ごしやすい季節になったので、散歩や買い物などへお連れできれば、もっと楽しい笑顔をみられるのではないかと思います。
2025年04月17日 | とちの実
先日、母方の祖母が介護施設に入居する事になりました。
私の母は息子とは違い凄く真面目でしっかりしており、祖母はその上位互換といった印象でした。しかし真面目な性格が災いしたのか、周りに迷惑をかけたくないとマンションで一人暮らしをしていた祖母ですが、ある時転倒して足を骨折してしまい半日以上倒れたままであったそうです。その時はセコムが異常を察知してくれたお陰で事なきを得ましたが、祖母はそのまま入院。手術が出来る年齢でもなく、リハビリはしていたようですが治るのはかなり先になるそうです。
上記の理由で一人暮らしが不可能になった祖母の介護をする事に抵抗はありませんでした。
所謂おばあちゃんっ子でしたし、この仕事での学んだ事も多少なり活かせるのかなと漠然と考えていたのです。
両親が当然のように介護施設の情報を集めているのを目の当たりにして私は理解が出来ませんでした。自分の親を知らんヤツに預けるって意味わかんないでしょ、普通に考えて。
私の母を施設に預ける事を想像すると尚更理解できず、腹も立ってきます。
ですがそれは母も同じでした。それでも24時間毎日介護は無理なのだ、と。『仕方なく』なのだと。
そりゃそうだ。生みの親で育ての親、母にとっての母なのだ。
そしてそれは、ここで暮らしている人達、その家族にも当て嵌まる事です。
世界中の介護施設は祈りの場なのだ。離れてしまうがどうか幸せに過ごしてくれ、と祈られて入居しているのだ。
カッコつけた言い方をしていますが、ハッキリ言ってしまうと『仕方なく』居る人もいるということ。そう感じた時に自分達が、入居者の方達に何をしてあげるべきで、何をしてあげられるのか。
自分は、スーパーコピー時計祈りにどう応えれば良いのか。祖母に何を祈れば納得できるのか。
確かな事は、その祈りは届いていると私は伝えて欲しいのです。
考えも文章もまとまらないです。
とちの実 林
2025年03月11日 | とちの実
先日、余暇の時間に入居者の皆さんと一緒に映画「男はつらいよ」のDVDを観ました。この映画は入居者さんの世代にとても人気がありますが、私はこれまで観たことがありませんでした。
上映が始まると、寅さんが登場するたびにAさんが「寅ちゃん!」と声を上げて喜ぶ姿に驚きました。Aさんが人の名前を口に出されることって最近ではほとんどないのです。
映画が進むにつれて、寅さんのユーモアあふれるキャラクターと下町人情に満ちたストーリーに引き込まれ、気が付けば私も一緒に笑ったり、終盤の結婚式のシーンでは涙が零れそうになりました(不惑も近くなると涙腺が緩くなりますね)。
「男はつらいよ」は、昭和の風景や人々の温かい交流が描かれていて、世代を超えて楽しめる映画だなと感じました。入居者の皆さんにとっても、懐かしい思い出がよみがえるのか、上映中穏やかに映画を楽しんでいる様子でした。認知症のため、後で映画のことを思い出すことが難しいかもしれませんが、皆さん観ている間はとても楽しそうに過ごされていました。
とちの実では日常生活の支援が中心になっていますが、時々このようなDVD鑑賞のような余暇活動も取り入れています。映画鑑賞は、入居者さん方が場を共有し心の豊かさを感じる大切な時間になると思います。映画が終わった後も、入居者の皆さんの表情からは充実した時間を過ごせたことが感じられました。