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【編集後記】  理事長 志寒

2026年01月06日 | 編集後記

新年あけましておめでとうございます。今年は午年です。午年は躍動・成功・勝負の年になるのだとか。確かに縁起が良い言葉ですが、むしろ何事もない平穏な一年を望みたいと思います。
昨年の“今年の漢字”は「熊」でした。全国で相次いだ熊被害は、人の領域と熊の領域があいまいになり、熊が人の領域に侵入することに慣れてしまったからだといわれています。そして、その原因は山村部の人口減少や、温暖化による環境の変化などが挙げられています。しかし、どちらも突然始まったものではなく、じわじわと進行していたものです。緩やかな、量的な変化だと思っていたものが、突然、ある時点で劇的な、質的変化になってしまう。存外、そうした変化は熊以外にも、今この時点で、多くの分野で進行しているのかもしれません。
日常の変化を見逃さず、些細な出来事を拾い続ける。そんな一年を送りたいと思います。

18:18 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年12月17日 | 編集後記

仕事の合間に首を回すとパキパキと音が鳴る季節になってきました。冷えが感じることが多くなってきましたね。私は冷えで首や肩が強烈にこる難儀な体質です。一度、整形外科に診ていただいたのですが、首の軟骨がすり減っているうえに、腕につながる神経の出口が狭いとのこと。では、治療法は?とたずねると、治りませんので辛いときは温めては?とアドバイスされました。しかし、厚手のものやハイネック、マフラーを巻くと今度はそれで凝るんですよね。
年齢を重ねることで生じる、後戻りのない、かつ、否定的な変化を老化と定義するそうです。何とも慈悲のない言葉ですが、このパキパキ体質も老化なのでしょう。うまく付き合うしかないと、入居者さんの様子を伺うと、既にチャンチャンコを着こみ、ふわふわのひざ掛けを腰に巻いて重装備。しかも、その格好で床の掃除を入念にしておられます。さすがと感じざるを得ません。
まもなく新年がやってきます。老化と成熟は紙一重、よりよい一年を迎えましょう。

17:23 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年11月15日 | 編集後記

涼しさもすでに寒さに変わり、気が早くクリスマスの装飾の店舗が見られるようになってきました。晩秋と呼ぼうか、初冬と呼ぶか、いささか半端な季節ではありますが、晩秋という言葉で思い出す映画があります。「晩秋~Dad~」はS.スピルバーグ監督が総指揮をとったヒューマンドラマです。仕事一筋だった主人公が母の急病をきっかけに実家に戻り、父のガン発覚と父の生き方の変化と向き合う中で、家族との関係や自身の生き方を見直すといった内容です。その老父を名優ジャック・レモンが演じています。その老父が終末を前にしてアクティブに生き方を変換した姿に、穏やかに終末を迎えてほしい家族が戸惑い、衝突するのですが、その際の老父のセリフが印象的なのです。
『死は誰にでもやってくる。死ぬことは罪ではない。むしろ生きないことの方が罪なんだよ』
死や老化そのものを否定し、それを予兆させる機能の低下に抗うことも生物の本質かもしれません。しかし、それに向き合い、生きることの意味を問い直すことができるのも、心を持った人間の本質だと信じています。朽ちていく落ち葉も目立つこの晩秋だからこそ、噛みしめたい言葉です。

16:30 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年10月14日 | 編集後記

ようやく涼しさを感じる日々がやってきました。日本は夏と冬の二季となるという予測もありますが、夏が長かった分、あっというまに年の瀬が迫ってくるような気がしますね。
そのうち、寒さを嘆くような日和もやってくるのでしょうか。夏には暑さを嘆いて冬を思い、冬には寒さを憂いて夏を思う。昔は人間とはたいそう勝手なものだと思っていましたが、近頃ではその時どきの思いは誠実なものではないかとも思うようになりました。若い日の選択を振り返ってみて、いくら幼いことと悔いても、その時に抱いた思いは真摯なものでした。なぜあんなに悩んでいたのだろうと、今となって不思議に思っても、あの頃の苦悩の純粋さを愚かとは言えないのでしょう。自然の季節と同じく人生の季節も、その暑さ、その寒さを味わいながら、時には嘆くことすらも必然なのでしょうか。
さて、今はそれなりに悩みつつ、喜びつつ、介護の仕事をしている私ですが、いざ、自分が介護される側になった季節には、どのような思いを抱くのでしょうか。

14:09 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年09月11日 | 編集後記

立秋も過ぎましたが、体温越えの気温が続いています。暑さを嘆く、お決まりの挨拶を交わす気力すら萎えてきそうですね。そんな強い日差しの下、きみさんちの川沿いの桜並木では、落ち葉が目立ってきました。もちろん、暦の上の秋を感じ取ったわけではなく、あまりに暑さがひどく水分不足に陥ると、自ら葉を落として水分の消失を防ぐのだそうです。桜も夏バテする暑さを痛感する一方、植物の持つ自然のメカニズムの妙にも驚かされます。大切な葉を失うことで、より大切なものを守る。人間も同じ自然の一部なら、喪失や衰えに見えるものも、もっと奥の深いプロセスなのかもしれません。
この桜の夏バテですが、いったん葉を落とした後、環境条件が良くなると、もう一度、葉をつけることがあるそうです。翌年の花のためにもうひと踏ん張りするとか。そして、ついでにもう一花咲かせることすらあるとか。自然に学ぶことは多いようですね。

10:41 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年08月15日 | 編集後記

暑さがひときわ厳しくなってまいりました。その上に地震の話題も。そんなテレビのニュースを見ながら入居者さんが眉を寄せて「これはね、地球がどうかなっちゃってるのよ」と明言します。「長い人生経験から見ても、そう思われますか」とこたえると「そりゃそうよ!」と。そしてお話になったのが、ご自身の子どもの頃の夏の風景。夕暮れの涼しさや川を吹き抜けるそよ風、井戸水で冷やしたマクワウリが虫歯に染みるほどだったこと。それは時代と都市と田舎の違いのようにも思えますが、それを基準とすれば、最近の日本の夏は確かに異常事態です。確かに私の子ども時代と比較しても、暑すぎて鳴けないのか昼間は蝉しぐれが途絶えますし、一向に気温が下がらず夕涼みも死語になりつつあります。ご近所の方によると、学校でも屋外プールの授業を取りやめるところもあるのだとか。
私たちの夏はすっかりと変わってしまったのかもしれません。しかし、ゆっくりとした変化は気づきにくいものです。いつの間にか大切なものが変わってしまっていないか、違う世代とのコミュニケーションで気が付くことも多そうです。

18:31 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年07月15日 | 編集後記

先日、入居者さんと歌詞本を見ながら「有楽町で逢いましょう」を歌っていたのですが、その曲紹介に昭和32年発表と付記されていました。68年前の楽曲と考えると、あらためて時の流れに途絶えず、歌い継がれる名曲の偉大さを感じます。とはいえ、私自身も物心ついたころには日劇はなく、有楽町に初めて降りた時には大型家電量販店がそびえたっていました。大学で上京したころ、私にとって上野駅は故郷の香りどころか、目の回る大都会でしたし、津軽海峡は北の海から渡らず、トンネルで越えました。歌に現れる情景も大きく時代差があるようです。
そこまで昔まで遡らなくとも、今ではダイヤルを回しませんし、電話ボックスもほとんど見かけません。切符を切られることもなければ、ペンフレンドもラブレターも過去のものでしょうか。かつてその歌詞に込められた思いは、今では何に託されているのでしょう。
そんなことを思いながら歌詞本をめくると「岸壁の母」が載っていました。戦後80年の今年、失われてもよい情景だってあります。待ち続ける母と帰らぬ子の情景は、二度と巡り来てほしくはありません。だからこそ、歌い継ぐべき思いもあるのでしょうか。

10:50 | Posted by jizai

【編集後記】 理事長 志寒

2025年06月05日 | 編集後記

空気が少しずつしっとりと感じられ、梅雨の訪れを予感させる日が増えてきました。
きみさんちのアジサイのつぼみはまだ薄緑色。このアジサイは10年以上前に鉢植えのままで枯れていくのは可哀そうだと、あるご入居者が植えたものですが、その方が旅立ったあとも毎年、花をつけてくれています。
ファイル 644-1.pngまだ固くつぼんでいるクチナシを見かけると、買い物の途中に『くちなしの花』を口ずさんだご入居者を思い出します。そう言えば渡哲也さんに似てません?というと照れ笑いをしたその方も旅立って長く経ちました。
お二人とも、ご自身の生命をご自身なりにまっとうされ、その生活の中で輝いておられました。
軽々しく他人の幸福をはかったり、死生観を語ったりするほどの人生経験は持たない私ですが、季節の変わり目の花々はいつも、ご入居者の命を考えさせてくれます。
花々を愛でるゆとりと、季節を感じる気持ち。大事にしていきたいものです。

14:21 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年05月07日 | 編集後記

百聞は一見に如かずという言葉があります。当法人では、ご家族に入居者さんの生活のご様子をお伝えするために、各事業所の日常をそれぞれに写真に残しています。たとえ一枚の写真でも、撮影時の入居者さんのご様子から、事業所の雰囲気や支援の在り方がそれとなく伝わってきます。また、そのように撮りためた過去の写真を眺めていると、折々の入居者さんのふるまいや口癖、得意料理、自慢話、この世を旅立たれる間際の姿までが浮かんできます。お一人お一人の人生の歴史に比べれば、長くて十数年の生活はその歴史のごく一部なのかもしれませんが、それでも、大切な一瞬一瞬を残してくださったことが たまらなく嬉しく感じます。泣いたり、怒ったり、不安になったり。
ファイル 642-1.jpeg認知症の症状が見られた日もあれば、それでも満面の笑顔で過ごした日もある。そしてその笑顔の時間の方がずっと長かったことを思い出して、そのことに勇気づけられ、励まされ、日々の支援に精一杯に向き合うことができるのです。その写真の中には 私自身が映っている写真もあります。若かったな、瘦せてるな、髪が多いなと嘆きながらも、どんな爺さんになるのだろうと、少し楽しみにもなります。

09:40 | Posted by jizai

【編集後記】  理事長 志寒

2025年04月17日 | 編集後記

ある事業所を訪れた際、とある入居者さんが「お酒が飲みたい~」と仰っていました。「おつまみは何にしますか?」「お酒は何がいいですか?」という職員の問いかけに、はっきりとご意見を仰っています。

そのやり取りについ参加してみたくなった私は「日本酒はどうですか?」とご質問すると「日本酒も美味しい」とのこと。そして「昨日も飲んだ!」と続けます。「誰と飲みました?」と尋ねると「知らない人!でも仲良くなった!」と。「桜も咲きましたのでお花見ができますね」との言葉には「昨日も花見したよ!」と返ってきました。

これらは必ずしも現実に起きたことではありません。ですが、いまこの会話のひと時、美味しいお酒、素敵な飲み仲間、美しい桜が咲き乱れる風景が、この方の心の中に広がっているのでしょう。それが客観的であるかどうか、事実であるかどうかなど、どうでも良いことと感じさせるくらいの幸せな光景。そしてその光景を生み出したのは豊かな感性、心の力です。

認知症当事者の佐藤雅彦さんは「認知症は不便だけど、不幸じゃない」と仰っていました。私たちの幸不幸、人生の在り様を決める主体は、私たち自身である。当たり前のことかもしれませんが、改めて学ぶことができました。

09:52 | Posted by jizai