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【心を癒すもの】   ぶなの実1F 鈴木(佳)

2011年06月03日 | ぶなの実::ぶなの実1F

これを書いている時点で、震災から二ヶ月経ちました。四月末から精神的にも少し落ち着いてきた…かな。
旦那の実家は宮城県です。母親と連絡が取れない日々が続き心ここにあらずでした。無事だったものの続く余震で、自宅でもホームでの夜勤中も、テレビも消さずに過ごす日々が続いていました。
「出先で地震がきたら、、、」という恐怖にかられ、仕事以外、外出もせず引きこもる日々。
「く~さ~る~~!」…完全に腐ってました。腐敗デス。
さすがに「こりゃ、いかん!」と気づき、四月末に代々木公園なう。自然とお友達に。
するとどうでしょう!震災などなかったかのように公園を満喫している「人!人!人!」…「? そんなものなのか?」と、テンション下がる。
でもね、一ヶ月以上ぶりの外出。人の波にのまれて下がっている場合ぢゃ、ないっ!
反撃!
ってわけで、ワインを二本弱空け、気づけば辺りは真っ暗。「肌寒い=風邪」オフコース。
だけど大人の特権、昼間から公園で青空酒場。友達も合流。ぽっかり空いた心はワインで満たされ(笑)癒される。
この日を境に外に出始め、ワイン片手に次の週も代々木公園なう。
ふと気づく…「自然の驚異に恐怖していたのに、その自然に癒される」なんとも理不尽な。
ところが、一人でいても癒されないわけですよ!旦那がいて、友達がいるから私は癒されるのです。自然と人とコミュニケーションをとる事が、私にとっては癒しにつながる。
音楽とワイン(笑)があればなおさら。
心と体を癒す時間がなければダイレクトにひびく介護職。
休日は充実させないと。

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【5月です。】   ぶなの実1F 木村

2011年05月03日 | ぶなの実::ぶなの実1F

白い桜から緑の葉桜に変わる季節。風が気持ちよく、葉と葉の間から漏れる日差しの揺れる影が、初夏を感じさせます。
テレビ番組も衣替えが済み落ち着いてきました。
テレビと言えば出演者。タレント、俳優、芸人、その他。
そんな中で気になるのが、消えていた芸人「ヒロシ」です。
モテそうなホストスタイルに身を包み、自身の日常や失敗談を自虐ネタにし、モテない男をアピール。矛盾してます。
「ヒロシです・・・僕のサドルがありません!!」と、私は「えっ!サドルがないの?」まっ、そんな状態、想像しますよね?
・・・大笑いです。
ネタ終わりに「ヒロシです・・・ヒロシです・・・ヒロシです・・・」と、切なく消えていく声。その頃になかったキャラでブレイクしたのですが、波に乗っている途中で船から落ちてしまい、消えていきました。
それが最近、ちょくちょくテレビで観る事が多くなり、以前勤めていた会社を退職する時に「ヒロシ」のDVDをプレゼントされた事を思い出しました。
改めて「ヒロシ」が売れなくなってしまった時期を乗り越えて、芸人を続けていたんだな~と、ちょっと嬉しかったり、このままリベンジ出来るかと思ったり。
芸を仕事にしている人は自分で幕を閉じない限り、ほとんど引退がありません。でも全ての人にも引退はないと思います。仕事を引退しても人生が残っています。
ここの入居者さんも今、人生という仕事を毎日しています。
その仕事が楽しいものでありますように・・・

15:47 | Posted by admin

【心と脳の不思議】   ぶなの実3F 西村

2011年05月03日 | ぶなの実::ぶなの実3F

私のケアスタッフとしての始まりは、デイサービスの認知症フロア勤務でした。
そこは個性豊かというよりは個性全開の場で、ご利用者に楽しんで頂かなくてはならないのに我々スタッフが楽しませて頂いたというか、驚きと感動の日々でした。
その中で、Tエさんは町内の婦人部長を長年務め、明るくお茶目で褒め上手な83歳でしたが、かなりすすんだ認知症であり暴力行為がありました。
食事介助の際はスタッフと正面を向き互いの膝と膝を合わせて座り、Tエさんの意味不明な話しを傾聴しながら素早くスプーンで食物を口へ運び、私が少しでも目線を逸らそうものなら、Tエさんから蹴りが入ります。これが痛い!、すごぉ~い力です。
入浴もこれしかり、一人のスタッフがTエさんの両手をにぎり、もう一人が蹴られぬように避けながら身体を洗うのですが、この時ほど運動神経が悪くなく良かったと思ったことはありません。そんなTエさんも時々他のご利用者やスタッフを褒める事があり、私には「お姉ちゃんキレイ、ほっぺがツヤツヤ、ピンクでキレイ」と。顔ではなく肌を褒めるところがニクイ! 見るところは見ているのです。
ある時、テーブルの上に置いていた女性週刊誌の数ある見出しから〔恨み〕〔怨念〕という字を指差し「うらみ」「おんねん」と読み上げ、「いやだねぇ~」と発言。歌集の中のひらがなは音読しなかったのに、こんな難しい漢字を読むなんて驚きでした。
数あるエピソードで深く印象に残っていることがありました。それはある昼食後のことです。皆さんと少し離れた場所で、男性利用者のAさんと仲良く会話をしていたのです。
Aさん 「いや~、だからね」「こういうことだとねぇ」「ねぇ~」
Tエさん「そう、そう」「あなたの言う通り」「ホント!」「ホント、そう」と、内容の無い話しなのですが、愛想笑いまでして相手に合わせ、優しく相手を気遣う発言をしていたのです。ご自分の子供の顔や名前を忘れても人を気遣う心を忘れていないことに、人間の心と脳の不思議さを思わずにはいられない出来事でした。
そしてここ、ぶなの実においても感動の日々は続いています。(そのお話しはまたいつか)

15:47 | Posted by admin

【「3月のぶなの実」】   ぶなの実1F 佐藤

2011年04月03日 | ぶなの実::ぶなの実1F

「よっぱらったふ~りし~てかっぱらったよ~♪」
「ほら、歌ってないでこっち手伝って!あなたも大きな皿を持って来て」
「はい、何でも言いつけて下さいね。これはこれ!あれはあれ!って言われないと出来ませんから!
何でこんな馬鹿になっちゃったんだろぅ~!この馬鹿女!!」
「あら、あなた、そんな風に自分の頭を叩いちゃダメじゃない!あなたは馬鹿なんかじゃないわよ。ね、魚の火を見ていて頂戴」
「はんにゃ~は~ら~は~だ~、ほっかいど~は、さーむーい~♪」
と、般若心経の替え歌を歌いながらRさんは食器を出します。
ぶなの実Bユニットでは、当たり前の調理の光景ではありますが、こうしてそれぞれに何らかの役割があり協力して仕事をしている事というのは、やはり元気でいる事に繋がるのだなと実感しています。
以前の僕ならば、老後は身の周りの事は全て他人にやってもらい、好きな時に起きてワンカップ大関片手に近所の公園をフラフラするような爺さんになりたいと思っていましたが、今は年をとってもある程度の仕事をしたいな、と思っております。
Sさんは毎日の家事を「こんなのは仕事じゃないわよ」なんて、頼もしい事を言います。ならば、仕事というのはどういう事なのかな、とちょっと考えてみました。
一般的に仕事と言えば職業について報酬としてお給料をもらう事、というイメージかと思いますが、金銭が発生しなくても無償の仕事としてボランティアや家事があります。そういった活動も本当に無償なのかと言うと、そういうわけではなく、知識であったり感謝をされる事であったり満足感や達成感であったりとお金ではない、人それぞれの何かを得ている筈です。仕事というのは、何かを得られる(生み出す)生産的な活動の事だと推測します。
仕事をしないと、これらの何も得られなくなってしまうという事になりますので、それは、とても怖い状態だと思います。だから僕は年をとっても、ある程度は自分なりの仕事をしていたいなと思い、ぶなの実の入居者の元気の秘訣を少しだけ、教えて頂けました。
余談ですが、グループホームの仕事も、「お金だけでは得られない報酬」の要素が強いかと思います。
実際にお給料は安いですし、その上で毎日一生懸命に働き夜勤もやるなんて超人にしか出来ない所業です。
しかもそれを何年も続けていく事は本当に至難の技、達人の域とも言えます。同時に尊い事でもあると思います。
スタッフそれぞれに、この仕事を続ける理由を見つけて貰えればなと思いますし、私も一緒に探していければと思っています。
じゃあ私は見つけたのかと言うと、まだまだ途中ですが、先日、Rさんが般若心経の替え歌を唱えると、Tさんも負けじと、何やらお経を唱え始め「あら、あなたお上手ねぇ。ふふふ」と、お互いのお経を称え合う光景が何とも可笑しくて、まだやめようと思わないなぁと漠然と考えていました。何て事の無い理由で恐縮ですが。
3月のぶなの実Bユニットにはお経ブームの波がきています。

15:46 | Posted by admin

【皆さん、お元気でおられますでしょうか?】   ぶなの実3F 大和田

2011年04月03日 | ぶなの実::ぶなの実3F

3/11未曾有の東日本大震災が起こりました。入居者様やそのご家族様、スタッフやそのご家族様、身内に被災地のご家族様がおられる方、無事だったでしょうか?本当に、身も凍るような出来事でした。
でも未だに、家族と再会出来ない方や、行方不明者も多数いて、心が痛む想いです。幸い、ぶなの実の入居者様は無事で私もホッとしています。ですが、一週間経過した現在も未だに余震も続いており被爆の危険性もあり、恐怖と不安な日々が続いています。
地震後のある日、Sさんが私に言いました。
朝食時、「私だけこんなにお腹一杯食べて、被災地の皆さんは何も食べられないのに…いいのかしら…」と、涙を流しながら召し上がっていました。今までに当たり前の様にあった、食べ物もあり、水もあり、電気も通い何不自由のない生活があった事の意味を、改めて深く思い知りました。「守るべき者があると、人は強くなる」今、日本中の人が助け合って、一生懸命に生きていこうとしています。現在のぶなの実もそう、皆力を合わせて頑張っています。
3/14にAさんの誕生日会が中止になった分も、実現された日には最高の1日にしたいと思っています。
この記事が皆さんに読まれる頃には、日本中の方々が、1日も早く安心して生活できる様に、この想いがいつかきっと笑顔に繋がります様に、祈っています。

15:46 | Posted by admin

【ぶなの実で働き始めて】   ぶなの実1F 宝田

2011年03月03日 | ぶなの実::ぶなの実1F

どうも、ぶなの実最年少!(のはず)ピッチピチの(ではないが)22歳宝田です。
僕は19歳の時から2年ちょっとデイサービスで働いて、去年の九月からぶなの実で働きはじめました。
この職場で働き始めて感じた事は、デイサービスでのお年寄りに対する対応と、グループホームでのお年寄りの対応は近いようで全然遠くて最初は戸惑いばかりでした。デイサービスの時は、立ち上がり、移動、トイレ、などなど日常での普段の行動にも脇を持って立たせたり、腕を持って誘導したり、トイレに連れて行って介助したりしていたんですが、グループホームでは自分で出来る事は自分でやってもらうという事で始めはもうドキドキでした。
失礼な話ですが僕はデイサービスで働いてる時に、お年寄りになると色んな事が出来なくなっていくんだなぁと思ってしまいました。僕がぶなの実に始めて来て皆さんが包丁を使って料理するところを見た時なんて「(心の声)大丈夫かな?手を切らないかな?皮はちゃんと剥けてるかな?ヒヤヒヤ」な~んて思ってましたけど、実際は僕なんかよりもずっと上手くて「さすがだな~」って思いました。
外に一人で散歩に行くおばあちゃんを遠方支援で見守りをしているときも、「(心の声)どこいくのかなぁ~ワクワク、あんなところ入っても戻れるのかな?」って思っても、しっかりした足取りでちゃんと戻ってこれるんですよ。
そんな皆さんと僕はこれからもいっぱいワクワクドキドキしながら生活をしたいなぁと思います。

15:45 | Posted by admin

【新しい年をぶなの実で迎えました】   ぶなの実3F 井口

2011年03月03日 | ぶなの実::ぶなの実3F

昨年の4月にぶなの実に来て初めての年越しです。以前は旅行会社に勤めていて、大晦日はディズニーバスツアーを担当していましたから、たくさんのカップルに囲まれてカウントダウンパーティーに参加しました。
といっても、ディズニーランドの中には入らず、広い駐車場で男ばかり・・・スーツで心まで寒く迎えていました。
でも今年は違いました。ぶなの実、大晦日の夜勤は井口でした。入居者さんと年忘れの演歌のテレビを見ながら年越し蕎麦を食べていました。大晦日は皆さん夜更かしされるかと思い、遅番の森川さんといろいろ計画していましたが、いつものように夜の8時頃には、皆さんお休みになられました(笑)。
普段と変らないと思っていましたが遠くで除夜の鐘が聞こえてくる頃、入居者さんのお部屋でガサゴソと物音がしました。何名かは起きていたようです。
年が明けるとお部屋から出てこられ「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と挨拶して下さいました。その中でも一番最初に挨拶して下さったOさんは、普段は朝までぐっすり寝ている方なので、ビックリしました。でも挨拶を済ますと、その後はぐっすり、普段どうりでした。
入居者さんが今年も・・・とご挨拶して下さいましたが、毎年皆さんと同じようにご挨拶が出来ればいいなと思いました。まだまだ未熟ですが一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。
写真ですが、先日大阪へ行き、帰りの途中で撮った富士山です。
小さく左側に龍が昇るように見える雲が一緒に写っていました。新年にきみさんちから「縁起物」と昇り竜のような写真のメールが全事業所に送られて話題になっていて、私も見つけましたのでついつい写メしました。
余談ですが、ディズニーのカウントダウンチケットは、7月頃から往復はがきで申し込みが始まり、抽選ですから競争率が高いです。でも、元旦のチケットは、夜中の2時から22時まで遊べますからお
得です。
夜中は風が冷たいので寒さ対策をして遊んで下さい。
入居者さんからも希望があれば、いつかディズニーランドへ行ってみたいです。

15:45 | Posted by admin

【「てれれれってってって~♪」】   ぶなの実1F 吉田

2011年02月03日 | ぶなの実::ぶなの実1F

コンドルはレベルが上がった♪
すいません、なんのことか分からないですね・・、某ドラクエのレベルアップの効果音です。コンドルとは、以前に違う業界でコラムやブログを書いていた時のHNです。
これでも、毎日2000~5000回ぐらいは閲覧があったのですが、その業界では夢破れまして、未経験の介護業界に飛び込んだわけです。ちなみに本名は「吉田靖人」と申します。
さて、レベル1からスタートした業界ですが、この半年でレベル4ぐらいまではあがったような気がします。最初の4ヵ月は、順調にレベルアップしたわけですが、この2ヶ月はボスのレベルがかなり強くて、バファリン片手に足踏み状態なわけですよ・・しかしこのボスを倒せれば、一気に3ぐらいレベルアップできる経験値がゲットできそうなんですけどねぇ。
ところで皆さんは、認知症に関する知識って、どのくらい持っているでしょうか?
この仕事を始める前の自分はと言いますと、看護士の妹と、ヘルパーの母から聞いた話、それと認知症を患っている祖父の言動、これらから得た知識しかありませんでした。いざ現場で働いてみると、驚きの連続です。
数分おきに訊ねられる同じ質問、前触れもなく発生する不穏な言動、毎日のように繰り返される帰宅欲求、日中は食事以外は室内にいないのでは?と思えるほどの外出行動などなど、話には聞いていたものの、実際に経験すると凄いものです。
そしてその全てには、本人にとって正当な理由があるということです。まぁこれは認知症の人に限ったことではなく、皆がする言動には理由があって当然なんですけどね。
レベル4の僕が力説しても説得力のカケラも持たないでしょうから、これ以上は書きませんが、とにかく驚きと頭痛の連続で、僕のHPは常に点滅状態なわけですよ。
ただ、こういった強敵をクリアして行くと、頑張った甲斐があったなぁ。と、実感することも多いです。
数ヶ月の間、毎日数十回「ここは何て道路?」と質問してきた人が、ついに自分から「中仙道」と覚えてくれたり。年末ジャンボを盛んに気にしていた人に「締め切りは24日ですよ」と、さりげなく伝えたところ「あと3日で締め切りだね」と記憶していたり。いい意味で期待を裏切ってくれることも日常茶飯事なのです。ちょっと言い方は悪いかも知れませんが、これからもこの強敵を倒して行って、嬉しい驚きを味わっていきたいなぁと思う半年でした。
そしてこの半年を思い返して感じたこと・・・入居者の人のことで頭がいっぱいで、祖父に会いに行ってないなぁ、年末年始も自分のことで一杯一杯だったし・・・
おじいちゃん、まだ僕を覚えていますか?これからはちょくちょく顔見せに行きますね。

15:44 | Posted by admin

【春の風景】   ぶなの実3F 佐久間

2011年02月03日 | ぶなの実::ぶなの実3F

年も明けて、寒さこそ例年なみですが、穏やかな朝が多く続いています。
今回は、文体をかえて古風を装い、現在の心境を気分よくつらつらと書いてみました。今ひとつ、とりとめもまとまりもないのですが、笑って読んでやってください。

「春の風景
――心象の庭にあそぶ――
陽光うららかにして細く輝き
清風そよふけば幽けく儚し
照曜いまだ中天の途なり
孤雲ゆりゆきて暫しを憩う

身の程にて満つるを嗤うなかれ
思いめぐりても誰が懐するところ
おもむろに愛書を手繰れば
わずかに追うも微睡みのなか

身を任かせるは毛氈のぬくもり
夢には蝋梅の盛り花
地には玉砂利の響き
遠くは啼鳥の呼び声

壮志死灰につかずとも
紅蓮のひと咲きに逡るもあり
刻も経ずして身を凍えさせれば
よくぞ知る冬の葬いのいまだしを

傍らには一杯の茶のふるまい
添えられるは一菜のもてなし
一口の暖を謝して啜れば
更に惜しんで掌にて碗を玩ぶ

縁なくもおとなうこと幾度か
翁の庭のたたずまいは旧きまま
暗夜に知らしめよと若し乞わば
一花照らひて今ぞ顕われよ

氷雪老木を研ぎたれば
一枝に命脈は微かなり
萎お枯れて星霜のにちにちに
敢えて叢の塵埃をまとうもよし

左々右々のおもんばかりも
ようようとして移ろい果つれば
ただただ祈りてこの春と戯れん
ついつい若芽も梢にふきほころべと
(2011.01.23 箸棒斎記す)

15:43 | Posted by admin

【本年も宜しくお願い致します。】   ぶなの実3F 森川

2011年01月03日 | ぶなの実::ぶなの実3F

(喪中につき、新年の挨拶は控えさせてもらいます。)
初めてのお正月を迎えました。ぶなの実ではようやく開設から半年が経ちました。この半年、あっという間だったというか、客観的に見て、私は必死でした。このぶなの実をどう運営していくか、昨年の夏の暑さを思い出せないほど悩みに没頭しておりました。
入居者さんは、きっと様々な想いが交錯していたと思います。それは、生まれて初めてグループホームに入居される方が、オープンから2、3ヶ月で一気にご入居されたからです。加えて、グループホームに勤務するのが初めてという職員も少なくありませんでした。この私も管理者として初めてだらけでした。入居者さんも職員も、皆さん初めてだらけの半年だったのです。その全体的な不安感を直接感じていた私は、何とかしなくてはと悩みが尽きませんでした。
そんな中、昨年10月28日に第一回の運営推進会議がありました。運営推進会議とは簡単に言いますと、入居者様、ご家族様、関係機関の方々、地域の皆様にご参加頂き、ぶなの実の普段の様子のご報告や、ご意見ご要望をお伺いする会です。
今回は初めてということで、ご参加者様皆様に自己紹介をして頂きました。
司会の私はとても緊張していて、ろくに頭も下げることができませんでした。そんな私に代わって入居者さんの方々はしっかりとご挨拶して下さいました。その姿は、私は初めて見る、入居者さんの皆様のかしこまった姿でした。
深々とお辞儀をされ、とても綺麗な日本語。落ち着いた口調や、慣れた挨拶。
例えば、ご入居者のFさんは、私とケンカをして、最後には私が泣いたことをお話しになりました。会議は和やかな雰囲気になりました。
この時気付いたのです。私は、ぶなの実を何とかしようと必死で、入居者さんに助けてもらう事を忘れていたのです。つげの実で勤務していた頃、私は入居者さんに沢山助けてもらいました。
それは、包丁の握り方一つ教えてもらったり、入居者さんの悩みを聞いているはずがいつの間にか自分の悩みを聞いてもらったりと、様々です。
本当に感謝の気持ちで一杯です。
初めてのお正月を迎えました。お餅を食べました。
私は入居者さんが餅を喉に詰らせないか、ハラハラしながら、きっと恐い顔で一緒に食べていました。ふと、Nさんが私に言います。「ゆっくり食べないとね、喉に詰らせたら大変だからね」。
気を張っていた私の線が、少しだけ緩みました。笑顔でお雑煮を食べることができました。また一つ助けられたのです。
こうして少しずつ少しずつ、入居者さんに助けてもらい、ぶなの実は成長していきます。
これからも宜しくお願い致します。

15:42 | Posted by admin