近年の新型コロナウイルス感染症が流行する以前は、日帰り、一泊旅行、お花見などなどの行事、非日常を楽しんでいただく外出に何度もご一緒しました。道中は、ご入居者様が認知症であることを忘れてしまう程、感心する出来事が多く、貴重な経験をさせていただいています。
感染症の蔓延が収まり、再び外出が出来るようになって、A様と映画館に行ったときのことです。
A様は日常、テレビから放送されるショッキングな映像や音声に反応して、「ひやぁ~」と言いながら身震いをしリアクションが大きい方です。
今回鑑賞した映画は、吉永小百合主演の『こんにちは、お母さん』。
歩行が困難な為、車椅子で出向きました。上映場所の車椅子席が最前列の端っこでした。宣伝映像から見始めたので、音量がいちだんと大きく様々な作品予告の見せ場シーンが次々に出てきて、私でさえど迫力に驚き声がでそうになっていました。なので、A様が悲鳴を挙げないかとヒヤヒヤしていました。
しかし、私の心配をよそに、A様は比較的落ち着いて、見上げるように画面を見ておられたのです。時々横に座る私の方をみて、小声で「すごいね」などと話しかける余裕です。
本編が始まると、やや静かなシーンから始まった為、少し目を閉じており、このまま傾眠されるようなら、途中で切り上げることも考慮していましたが、こちらから少し肩を「トントン」と叩くと、少し笑みを浮かべて画面をみなおされていました。
その後、目を閉じていることがチラチラありましたが、最後まで鑑賞されました。
映画の内容を把握していたかはわかりかねますが、さすが大女優と言われる方の演技はA様にも伝わったようで、エンディングの花火シーンで、私にうなずきかけ「きれいね」「よかったね」と仰っていました。
最後まで無事に鑑賞できたことに役目を果たせたとひとまずホッとしたあと、上映場所からロビーに出たところ、A様の口から「あっちに行く」とトイレの方向を指さされたので少しびっくりしながらお連れしました。移動から考えると結構長時間だったので失禁があるのではと思っていたら、自然に用をたされました。
その後、トロミ付きの飲み物を飲まれるA様、暗闇で飲むことを控えさせてもらったので、カフェスペースでココアを 購入しトロミをつけてご提供。
いつも言葉にならない発語が多く、なかなか意思疎通が出来ない方なのですが、お茶を飲みながら「美味しいね」とおっしゃり、映画についてたずねると「良かったね~」と語尾を伸ばし、その表情からも楽しかった事が伝わりました。
帰り際に荷物を持つ私に「それ持とうか」など驚くほどはっきりおっしゃり、とても頼もしくおもえました。A様は終始、にこやかに過ごされ、その横顔が、とても生き生きとされていたのを覚えています。
非日常的な環境のおかげでしょうか?いつもと違う、でも今まで経験したことのある空間が、本来のお姿を呼びもどされたのか?私が知らなかったA様と過ごすことが出来て嬉しく、良い思い出になりました。