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【初めまして、改めまして】 大工原

2011年09月28日 | つげの実アパート

8月半ばに退職された礒田からつげの実アパート&事務を引き継ぎました大工原(だいくはら)と申します。最初ですので自己紹介させて頂こうと思います。
私は2005年4月に「つげの実」の開設スタッフとして入社致しました。
開設は春の予定でしたが色々あり急遽延期になりまして、その間つげの実スタッフとして入社した6名は「きみさんち」・「お寺のよこ」・「旧のんびり家」・「とちの実」でそれぞれが大変お世話になりました。そのお陰でいつ開設できるのかという不安の中でもモチベーションを保ちながら数ヶ月過ごす事が出来ました。新規スタッフ6名一人も欠けることなくスタート出来ましたのは、先輩事業所の皆様や、つげの実開設に携わり尽力をつくして下さった方々のお陰だと今でも感謝しております。
その後はつげの実で数年働きまして、ここ最近では外部の相談受付業務の傍ら現場サポートをしておりました。同じ会社でもご入居されていらっしゃる方やそのご家族の皆様、現場のスタッフが違いますので、事業所ごとに全く雰囲気が異なり求められる事も様々で毎日が勉強でした。急にサポートが出来なくなり寂しい気持ちはありますが、また違う形でご入居者の皆様やご家族の皆様・スタッフの方々と良い関係を築けたらと思っておりますので、よろしくお願い致します。

17:43 | Posted by admin

【持続可能な社会をめざして・・・】   つげの実アパート 礒田

2011年08月03日 | つげの実アパート

「痴呆」という表現が侮蔑的であるとのことから「認知症」といわれるようになったのが2004年。私は「認知症」という日本語自体が不思議な感じがしていました。最近では「認知症」という言葉は 何かと認知したがる私たち支援する側に当てはまる言葉ではないかと苦笑してしまいます。ついでにいうと「認知症介護」という言葉や「認知症対応型グループホーム」というものは将来的にはなくなるべきだと私は思っています(笑) 認知症だからとか、病気だからとか区別なく助け合える社会を目指したい・・・そんなことを考えながらこの仕事をしてきました。
そして私の中で出た結論は、介護自体を問題とする見方では解決策はないということ。私たちの生き方全体の問題に繋がっていきました。まず、いのちの誕生からいえば病院で生むことの不自然さ。この時点でいのちの捉え方に歪みが生じているといえるのではないでしょうか?現在の画一的な教育や、繋がりのない閉鎖的な子育てという点も問題だと感じます。私たちの生活を支えている経済活動も問題だらけです。人間の限りない欲望が食の問題にも繋がり、便利さの追求や不自然なものの過剰な摂取で病気を自ら招いている結果、医療問題にも発展します。そして生活から死を遠ざけ、病院で死ななければいけないのはなぜでしょうか?私たちは自分の意思で「生きている」といえるのでしょうか・・・

こちらの法人では「今までそうだったから」で考えようとしないのは、入居者の方々を支えるにあたりプロ意識に欠けるとみなされます。普段、私たちが当たり前だと思われる行為に対しても「なぜそうするのか?それでいいのか?他に方法はないのか?」など、定義をスタッフが共有することで入居者の方々への支えに繋げていきました。
このプロセスを私たち自身の生活そのものへ意識を広げていく時代になっていると私は感じるのです。それは、私たち自身がいずれは老いて認知症になるからです。「これは仕事だから」と、自分自身と区別していると何も解決しないのではないか・・・私はずっと「自分がどういう社会で生きたいのか?」を入居者の皆さんに問われていたのです。

私は自分の都合のいいように生きていることが今回の原発問題で嫌というほど思い知らされました。このような問題は日本だけではありません、地球規模で叫ばれています。今から19年前に12歳の少女が国連の環境サミットで世界の首脳達を前に「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのは もうやめてください」と語った伝説のスピーチをご存知でしょうか。(パソコンがある方はぜひ「あなたが世界を変える日」と検索してみてください。動画でも見ることができます。)当時自分より年下の彼女が神々しく見えます。
私は今までなんと無知で生きていたということをたくさんの書物や長く生きている先輩方から学びました。それを少しずつ自分の中に取り入れようとチャレンジしています。そのひとつに環境問題にも繋がる肉食をやめることにしましたが、これを実行するのに3年を要しました。それほど自分を変えることの難しさを実感している弱い人間で
す。そんな弱い私ですが、家族を守ることと地球を守ることは同じではないかと子どもの未来を考えながら感じました。

人は例外なく母親から生まれ現在を生きています。私たちはどんな親ともわからないのに絶対的な信頼を持って親の腕の中で自分の存在を委ねていました。これは見方を変えれば精神的に達観した状態とも言えるのではないかと思うのです。
そして今現在、各人のそれぞれ流れていた時間は良いとか悪いでは判断できません。でも現時点から見方を変えることは可能です。過去や外側を裁くのではなく自分の現在を変えていくことにシフトしていきませんか?と提案したいのです。
そして想いを共有し、繋がっていきたいと考えています。 大切なことを一緒に考えていきたい方や教えてくださる方は連絡ください(笑)

最後に、今まで目を通していただきありがとうございました。偽善者が苦手な私がこんなことを書いているのはこちらの法人で過ごした時間のお陰だと思います。お会いしたことのない方々や法人内外問わず、皆様には大変お世話になり感謝しております。6年間こちらで学んだことを糧に新たなチャレンジをしたいと考えています。本当にありがとうございました。

15:16 | Posted by admin

【『祈り』(気持ち・ことば・こころ・想念)】   つげの実アパート 礒田

2011年07月03日 | つげの実アパート

私は『祈り』と聞くと、跪いて両手を胸元で組み何か許しを請うような、特定の宗教をイメージしていました。
ですが、3・11以降「ただ無事を願う」ことや「少しでも役に立ちたい」という気持ちそのものが『祈り』なのではないかと、『祈り』に対する概念が変わってきました。
わかりやすいのは『音楽』。歌や楽器を奏でる人は演奏に込める気持ちが『祈り』となります。なぜ、コンサート会場で直に演奏を聴くと感動的なのか、聴衆も一体となれるのかがわかる気がします。そこに込められる『想い・想念』が共鳴するからなのでしょう。
もっと単純なものでは、「行ってらっしゃい、気をつけて」という言葉にも『想い』が込められて守られるということになるといいます。逆の作用では『呪い』の類ですね。『言霊』なども字の如く “ことばにエネルギーがある” とする考えです。
『水からの伝言』(江本勝著)という本があります。水に感謝の言葉をかけると美しい結晶になり、否定的な言葉だと美しい結晶にならないというのです。
アメリカでは『祈り』の研究がされており、ハーバード大学のハーバード・ベンソン教授は『祈り』が呼吸数、心拍数、二酸化炭素排出量、酸素消費量の抑制を確認し、ガンや糖尿病、不妊症などの病気に効果的に働くということが確かめられているそうです。
世界に先駆けてヒト・レニン遺伝子(高血圧の原因である酵素)の解読に成功した、筑波大学名誉教授で遺伝子の研究をされている村上和雄氏は、「通常の人間の遺伝子で働いているのは全体の5%~10%に過ぎない。40年近い研究生活の結論として“人の想いが遺伝子の働き(オン・オフ)を変えることができる”と確信するようになった」と述べています。
先日、佐藤初女さんという90歳の女性の方の講演会へ行ってきました。ご自身の病気の体験から、薬に頼るのではなく、毎日の食べる物が重要であると日々の生活を通して伝えていらっしゃいます。心を病んだ多くの方々が初女さんの元を訪れ、食事を共にすることで癒され、心を開いていくというのです。初女さんは、食材のいのちを生かし感謝していただくことで健康に繋がると、一見面倒に思われることに対しても惜しみなく手間暇をかけます。梅干にする梅を干す際にも一粒一粒がまるで子どものように丁寧に扱います。おむすびを握る際は美味しさを損なわないようラップやホイルではなくタオルで包むといいます。お米の水加減も何カップではなく、その時々の状態を確認しながら決めるといいます。そして「私にとって生活すべてが『祈り』です」という言葉が印象的でした。
今、世界中のあらゆるところから日本のために祈ってくれていると聞きます。私たちも身近なことに『気持ちを込める』ことを意識するだけで何かが変わってくるのではないかと感じます。そして重要なことは、『どういう想いを込めているか』ということだと思います。これは結構曲者で、自分自身は「よかれ」と思ってやっているつもりでも違う期待を含んでいる可能性や自己欺瞞、無意識による自動反応の場合があるのです…
たかが『心の中のこと』ですが、そういうことを如実に教えてくれるのが入居者の方々です。今思えば、『祈り』は純粋に辿ってゆくと『感謝』に繋がるのだと、関わった方々から教わっている気がします。生き方を通して太陽のようにじんわりと暖かく、時には北風や嵐のように(笑)体現してくださいます。ありがたいことです。
『祈り』という一見前時代的なものが、重要な時代になるのではないかと予感しています。

15:16 | Posted by admin

【瞑想】   つげの実アパート 礒田

2011年06月03日 | つげの実アパート

グループホームでの私たちの仕事は、入居者の方々を深く知っていく行為。
言葉の裏側にあるその人全体を見てゆく・・・
なぜ今立ち上がったのか?何を探しているのか?今日の精神状態ではこれができなかった。
今日は食べる量が少ないのはなぜか?お腹の張りはいつもと違うのか?そろそろ外へ出るかもしれない。この話は以前出てこなかったのに思い出している。新聞はどこまで読めているのか?テレビのどの話に反応しているか?この人には敬語を使うときがある。包丁で切るときの癖がある。指先の感度がいつもより鈍い。今日興奮して眠れないかもしれない。この人の目の前に広がる景色はどうなっているのだろう?どういう想いで生きてきたのだろう?・・・
深く知ろうとする過程で、自分の側面を発見することがある。
いわば、鏡として見せてくれる存在・・・
今、自分はなぜこの対応をしたのか?なぜこの人の言葉に反応してしまうのか?・・・
そして辿り着くのが、自分の中の『正しさ』という価値観。
その『正しさ』を通して人を裁いていることに気付く。
裁くことからでは解決しないと、体を張って伝えてくれる。
もしかすると、いのちをかけて訴えているのかもしれない。
グループホームでの私たちの仕事は、瞑想に似ている。

15:15 | Posted by admin

【矛盾】   つげの実アパート 礒田

2011年05月03日 | つげの実アパート

「好きな言葉は何ですか?」と問われた際に、私は『矛盾』という言葉を挙げます。
私が中学生の頃に出会った言葉です。その当時、週間少年ジャンプという漫画を欠かさず読んでいた私は、連載中のある漫画にハマっていました(笑) その漫画のエピソードで初めて知ったのですが、辞書には・・・
昔、中国の楚の国で、矛(ほこ)と盾(たて)とを売っていた者が、「この矛はどんなかたい盾をも突き通すことができ、この盾はどんな矛でも突き通すことができない」と誇ったが、「それではお前の矛でお前の盾を突けばどうなるか」と尋ねられて答えることができなかったという「韓非子」難一の故事から、二つの物事がくいちがっていて、つじつまが合わないこと。・・・となっています。
この話を漫画の登場人物が絡んで展開していくので、私の中では強烈なインパクトと共に私を魅了した言葉なのです。オタクですね~(笑)当時の私は、この世界は矛盾に満ちていると感じていました。自分の存在そのものが矛盾しているようでした。
平和を願いながら争いは絶えず、健康を願いながら不健康な生活を送り、自由を願いながら自らの価値観で縛ってしまう…キライ・キライもスキのうちもそうですね(笑)
現在は、この『矛盾』を超越したところに真実というか真理のようなものがあるのではないかと思っています。
矛盾が矛盾でなく、大きな流れの一部だと受け取ることができた時、山から見下ろす景色のような爽やかな新しい感覚に感動しました。でも、まだ山は高く聳え立っています…
自分がわからなくなり不安を抱え、なんとか安心を求めようとする行動が、余計不安を膨らませてしまう…そんな入居者の方々の『矛盾』も一緒に味わい寄り添うことで超越してゆけたら…と思っています。
人間の営みは矛盾だらけです・・・皆さんの好きな言葉は何ですか?

15:15 | Posted by admin

【ラジオの効能】   つげの実アパート 礒田

2011年04月03日 | つげの実アパート

はじめに、東北地方太平洋沖地震により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被害を受けられた皆さまに心からお見舞いを申し上げます。
この紙面がお手元に届いている頃は、それぞれどのような状況でしょうか?
私は少し前にラジオ生活に切り替えたおかげで(?)被害状況の映像はほとんど目にしていません。状況を把握するのに少し不安もありましたが、ラジオから流れてくる内容に映像では味わえない安堵感がありました。
ラジオ番組も震災後1週間は特別放送をしていたのですが、音楽を通して被災地への支援や精神的なエールを届けることに必死で、リスナーがメールなどですぐに反応でき“作り手と聞き手の一体感”を感じました。
『何か自分にできること』を比較的若い人たちが一生懸命に考えている内容は、聞いていてエネルギーとなりました。
日々状況が変化していく中、私たちは何かの判断を迫られているような気がします。
生と死を考え、節電でわかったこと…こんなに今まで無駄に電気を消費していた…その電気のために危険が伴っていたこと…それらを他人に任せてきたこと…交錯する情報過多…この国の対応…いろんな問題が凝縮しているようです。
『知らない』ことをあらためて『知った』次に それぞれが何を選択するか?で、未来が変わるのではないでしょうか。少し落ち着きを戻した頃…それからが大切だと思っています。
最後に、被災地の子ども向けにラジオから連日流れていた歌の一節です。
~なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ!~
この歌を3歳の子どもが一生懸命今日も歌っています…

15:15 | Posted by admin

【その後…】   つげの実アパート 礒田

2011年03月03日 | つげの実アパート

前回、タイガーマスク現象についてふれました。その後、自分の住んでいる地域では児童養護施設はどこにあるのだろうかと調べてみました。私の住んでいる区のホームページには2ヶ所の情報が記載されていました。そのうちの1箇所は、私が毎日利用する駐輪場のすぐそばにありました。そこは“○○学園”と小さめの看板がある割には登校している気配はなく、入り口付近は駐車場になっていて大きな木が覆い茂っており、施設自体が見えないので以前から気にはなっていたのでした。
普段は人が出入りしている姿はなく、ごく稀に中から中学生と思われる生徒や小学生数人で登校している姿を見たことがあります。中学生の生徒は親でない大人の人に付き添われて歩いていることもありました。今にして思えば、納得がいきます。
私は今まで3年近く“○○学園”を知らなかったのです。私の中では景色としてしか存在していなかったのです。
ある人気バンドグループの歌詞が頭に浮かびました。
『子供らを被害者に加害者にもせずに この街で暮らすため まず何をすべきだろう?』
はじめて聞いたときから 歌詞が私の中に突き刺さった歌です。
このタイミングで“○○学園”を知った私は自分に何ができるか考えてみました。
*ここで生活している人たちには事情はそれぞれあるとして、社会へ旅立つ日がいつか来る。心配や不安があるのではないだろうか。
*顔を合わせたとき、見知らぬ大人が挨拶をしたら不信に思うだろうか?
*そもそも面識のない人とは挨拶しない世の中って幸せなのだろうか?都会生活では仕方がないのか??
*無意識に続けている世の中の習慣が、子ども(次世代)に影響を与えていると自覚している人はどれだけいるのだろう?
*私はその他大勢のひとりでもあり、未来を担う子ども達の環境にもなっている…
考えれば考えるほど、何もできない自分に気付きました。考えて何もできないより、とりあえず物資をすぐに寄付することのほうが大切なのかもしれない…
まだ何もできないでいる私ですが、考え続けたいと思います。

15:14 | Posted by admin

【タイガーマスク現象!?】   つげの実アパート 礒田  2011年2月

2011年02月03日 | つげの実アパート

漫画「タイガーマスク」といえば私はテレビのアニメ番組(再々放送!?)を思い出します。主人公である伊達直人が素性を伏せて自身が育った孤児院へ寄付をするという内容はなんとなく覚えています。昨年クリスマスに「伊達直人」を名乗る人物がランドセルを児童相談所へ寄付したことから全国へ広がっていったようです。
先日あるラジオ番組でこの現象について話していたのですが、児童養護施設で働く現場の人の言葉が耳に残りました。
「この現象が広がるにつれて、何かしてあげたい思いと実際の現場で困っていることとが一致していないように感じる」
寄付をしたいという人の中にはまだ『孤児院』というイメージがあるらしくランドセルなどの物資を送る人がいるが、近年では親は存在するが虐待などの理由で一緒に生活できないケースが多くランドセルに困っている人数は少ないこと、施設の生活から社会人としてひとり立ちする際に家具や電化製品に困るケースが多いことを説明されていました。さらに続けて…
「どうか、かわいそうな子供達としてではなく一緒に生きているんだという視点で見守ってください。そして、これがきっかけでもいいのでまずは知ってください」というような内容のことを話されていました。
私たちの現場でも『グループホームの存在や認知症についてたくさんの方々に理解してもらいたい。』まったく同じことが言えます。仕事としては発信している側ですが、生活する受け手側として あらためて考えさせられました。これだけ情報があふれた社会ではありますが、本当に必要な大切な情報を私たちはほとんど知らないということを まずは自覚した方がいいのかもしれません。

15:14 | Posted by admin

【地域密着型生活】   つげの実アパート 礒田

2011年01月03日 | つげの実アパート

グループホームは2005年の介護保険法改正に伴い“地域密着型サービス”と位置付けられました。利用したい方々が住み慣れた地域で介護サービスを受けることが出来るようにと設立されたようですが、グループホームは数自体が少なく、自分の住んでいる市区町村以外の施設には空きがあっても入居できないということになり、困っている方々も実際いらっしゃいます。色々疑問が残るこの“地域密着型サービス”ですが、私たちのグループホームに入居されている方々の生活はやはり“地域密着型”の生活を営んでおられます。
ご近所さんとのご挨拶にはじまり、馴染みのお店での買い物や町内会の回覧板など・・・そこで生活をしていく上で『あたりまえ』のことです。
・・・が、自分自身についてはどうなのだろうか?とグループホームで働き始めたときからずっと疑問に思っていました。
世帯数の多いマンションで暮らす私は、隣人の顔も知りませんでしたし、出入りの激しいエレベーターでは無言で素通りする人も多く挨拶も返ってこなかったり、ゴミだしのルールを守らない人も多かったり・・・どこか“希薄な生活”を感じていました。
「仕事とプライベートは別」という言葉がありますが、この仕事はその境界がはっきりしません。『生活』と言う点においては同じだからです。
入居者の方々と生活を共にしていると、自分の生き方を問われます。私自身が入居者の方々から自立支援を受けていたようです(笑)
いろんなタイミングが重なり、昨年10月に引越ししました。すぐ下に大家さんが住んでいる4世帯のみのアパートです。
ご近所の皆さんが声をかけてくれます。同じ階に住む若いカップルさんに先日リンゴをいただきました。大家さんへは毎月手渡しで家賃を支払います。3歳の娘にと毎回お菓子をいただきます。洗濯物を干しながらお向かいさんとご挨拶・・・
入社6年目にして、入居者の方々と同じ“地域密着型生活”をスタートさせたのでした。
何か自分の中で一歩進めた気がします。これからも、入居者の方々との生活が私の中でゆっくりと熟成していくことだと思います。どうぞ本年もよろしくお願い致します。

15:14 | Posted by admin

【これからの価値観】   つげの実アパート 礒田

2010年12月03日 | つげの実アパート

今年の夏は暑かったですね~!
つい先日も体育の日は最高気温が29℃と夏日でした!!
もう10月も後半・・・朝・晩が冷えてきました。少しあの酷暑が懐かしい日々です(笑)
その暑い頃、毎日の通勤で地下街を通る私は 地下街を埋め尽くす某デパートのポスターに違和感を抱いていました。
“人間共通 もらうと うれしい” お中元を意識してのポスターなのでしょうが・・・
この広告を作成するのにあたって、いろんなプロジェクトチームなるものが存在したのだと思います。
上記のキャッチコピーも会議で議論を重ね決まったのでしょう。
『如何に購買意欲を掻き立てることができるか?』
チームは一丸となり目的に向って、あれこれと思案する中いろんなドラマが生まれ、そこでの結束を深めたりするのでしょう。
それを否定するつもりはないのですが・・・
『消費』を目的とする価値観に疑問を感じます。
未曾有の不況といわれる中、世界中でいろんなことを見直すことになっているのは当然の流れなのでしょう。
2009年4月に公開された『降りてゆく生き方』という映画があります。
武田鉄矢主演にもかかわらず、各地の住民団体による自主上映だけに頼った“自然環境と人の心の再生”がテーマの作品で 現在も全国各地のローカルな場所で上映中です。
高度経済成長期を『昇る』のに対し、これからは『降りてゆく生き方』の選択を提示しています。「あなたは何を大事にしたいですか?どういうときに幸せを感じますか?」と問いかけられているようでした。
人は、何かを手に入れたいという欲望が原動力になることもあります。でも何かを手に入れるだけでは得られない幸福感もあります。たとえば、グループホームでの生活の中でその幸福感を共有できると感じることがあります。
これからの時代を生きる上で、私たちは最先端に立たされているのではないかと思うのです。皆さんも一緒に考えてみませんか。

15:11 | Posted by admin